概要

「安土日記等を設計条件とする安土城天主の復元」

 安土城天主の詳細については既知の通り資料が乏しく、安土日記や信長公記、宣教師の記録等から推測するしかない。ならば、一から設計してしまおうというのが本復元案の趣旨である。現代と違い敷地の制約を受けないので古来の設計手法に倣って安土日記の順路通り、最上階から復元作業を進めていく事とする。

 但し、当方は二級建築士である為、法規上、設計・計画は出来ない。よって、あくまで「復元」である事は明記しておく。

 資料として使用するのは安土日記をメインに信長公記、宣教師の記録、匠明、特別史跡安土城発掘調査報告及び現存天守の図面である。安土日記等の資料は先達の研究者の方々によって既に研究され正当性が立証されているので、ここでの検証は割愛させて頂く。

 復元するに当たり安土日記を正確に読み解く事が肝要である。間違った解釈をしてしまうと全く別の建物になってしまう。安土日記本文には方位や部屋の大きさ等が明記されており、それらには次の通り一定の決め事が存在する。

  • 南北方向の建物中心線を境に「東」「西」、東西方向の中心線を境に「北」「南」とそれぞれ二分する。
  • 「畳」は文字通り“畳敷き”、「てう」は畳敷き相当の“板間”とする。
  • 「間」は前に漢数字が付けば「けん」つまり、柱間を示し、「~之」と助詞が付けば「ま」と読み天井の在る部屋を示す。
  • 構造上、柱間隔は1間を基本とし、「一重目」「二重目」を除き2間幅を限度とする。
  • 「御縁」と表記されている場所には、連子窓が存在する。
  • 「階段」の在る部分(範囲)は部屋として扱わず明記もしない。但し「二重目」を除く。「廊下」も同様である。

       他に「次」「又」「其次」との記述があり、何か規則性が有るのかもしれないが、残念ながら現時点では意図不明なので考慮しない事とする。

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